『驟雨』レビュー


    12月の予定を載せたのは僕なので正確には初めましてではないのですが,物のついでに挨拶しておくと,11月から12月にかけてごちゃごちゃと代替わりがあり,無事に僕が部長となりました。よろしくお願いします。

    とはいうものの,今月は試験やらレポートやらであまり活動に顔を出せなかったので,罪滅ぼしに映画のレビューをしようと思います。あと,代替わり会で新部長不在とかいう不思議な状況を作り出してしまったことを深くお詫び申し上げます。本当に申し訳ない。でも責めるならジョゼフ・フーリエを責めてくれ。それから彼の理屈のおかげで成り立つ現代文明社会も。

    という訳で『驟雨』(成瀬巳喜男,1956年)のレビューをしたいと思います。あ,役名は忘れたので,俳優名で統一させてください。
    驟雨
    夫婦の日曜日のお出かけはどうやらご破算になったらしい。妻・原節子は編み物を続ける。夫・佐野周二は新聞を開く。読むのは二度目である。原節子は「家にいても会話もないじゃない」と不満を漏らすが,佐野周二は「話すことがないんだから仕方がない」と受け流す。「会話は“ある”もんじゃなくて“する”ものよ」「そういう君だってしないじゃないか」「あなたが煩いっていうからしないのよ」「そりゃ新聞読んでるときにされちゃ煩いさ」「それ以外のときもよ」・・・。不毛な会話の末,だから日曜は嫌だ,と佐野周二は当てもなく散歩に出かける。原節子に投函を頼まれた手紙も靴を履いた隙にうっかり忘れて出発する。つかず離れず夫婦間距離を一定に保って平行線上を進む二人。この関係は新婚の姪・香川京子が新夫の文句を垂れに現れたことで雲行きが怪しくなり始める・・・。

    主演は述べたように原節子佐野周二
    原節子は『東京物語』(小津安二郎,1953年)などで有名な“日本最高峰の映画スター”であり,40代半ばで急に隠居してしまったことでも知られます。ちなみに2020年で生誕100周年になります。
    佐野周二は上原謙,佐分利信とともに“松竹三羽烏”として知られる二枚目俳優です。原節子との他の共演作品は木下恵介の『お嬢さん乾杯!』(木下恵介,1949年)があり,こちらでは快活な男を演じています。あと『麦秋』(小津安二郎,1951年)でも共演してますね。ちなみに関口宏の父親。

    監督は成瀬巳喜男。小津,溝口,黒澤につづく日本第4の巨匠です。戦後は『めし』(1951年)『浮雲』(1955年)をはじめとする女性映画で名を馳せましたが,日本女性の鬱屈した状況を描くあまり「やるせなきお」と綽名されました。
    たしかにこの『驟雨』もなかなかつらいところがあります。自分の炊いた米を「強飯(こわめし)」だと繰り返す夫に対して炊事の張り合いを持たない原節子はノラ犬に残り物を与えてささやかな喜びとしているのですが,このことで近所の面倒臭いおばさん(語尾は“~ざます”)に目を付けられてしまいます。靴を盗ったといういちゃもんに始まる一連の攻撃から勿論夫は守ってくれません。とてもやるせない。

    しかしこの映画の魅力は,そのやるせなさではなく,日常にふと訪れる平和な一幕にあります。香川京子は夫への不満を並べ立て,遂には自身が描いた日本地図を夫に「きゅうりか?」と馬鹿にされたことを原節子に訴えるのですが,原節子は笑いを噛み潰しながら「ひどいわねえ」と返事をします。シリアスな悩みの中にポッと現れる平和な笑い。このようなギャップが生み出す唐突な安堵を前にすれば,ザマスおばさんによる会心の一撃も効果を半減し,決定的な決裂さえもうやむやの裡に収まってしまうのです。

    (ここから先は結末に触れます。)

    何より面白いことに,この映画はすれ違っていく夫婦を描いているのにも関わらず,不思議とつながりが強まっていくようにも感じられます。これは二人の間の“ものの授受”に関係していると思われます。原節子が佐野周二に託したが置いていかれてしまった手紙,佐野周二の足に引っかかっているのを原節子に回収されるネクタイ。いずれも妻・原節子主体であるという見方ができる一方,受け取るか渡すかを最終的に決めているのは夫・佐野周二です。
    この非対称性は夫婦の意識のすれ違いの原因であり象徴です。
    この関係の変化は物語中盤,原節子は財布をすられるところに始まります。この出来事は第三者介入による授受であり不穏さを感じさせるのですが(佐野の浮気を暗示),この結果として佐野周二が麻雀で勝って被害額を補填するという,佐野周二主体の授受が発生します。また,買いたくもないニワトリ(卵を産み過ぎて肉が硬い)を買わされてしまった原節子は何も言わずにこの鶏肉を佐野周二とその同僚に給仕します。佐野たちは知らずに食べて硬さに顔をしかめることになるのですが,ここで原節子は佐野の意志に関わらず,“一杯食わせる”ことに成功するのです。妻=給仕係という不均等なジェンダーロールの逆濫用。これで遂に二人はいびつながらも等しい立場に上るのです。
    ここまでくれば終盤の大決裂もむしろ地を固まらせるための嵐のようなものです。ある意味衝撃的なラストシーンでは綺麗な円環構造とともに,“ものの授受”の説話的重要性が決定的なものになります。

    ところで驟雨って何か知ってますか?
    正直僕は知らなかったのですが,大辞林によれば
    ”急に降り出し、強弱の激しい変化を繰り返しながら、急に降り止む雨”
    とのこと。あぁなるほど,たしかにそういう映画です。
    関連記事
    スポンサーサイト



    コメント

    非公開コメント

    筑波大学 映画研究部

    映研は、筑波文サ連に所属し、東京教育大学時代から続く長い歴史と伝統を兼ね備えた部です。
    映画作品はもちろん、業界、エンターテインメント全般に関する知見を深め、コンテンツを愛し、楽しみ、味わいます。さらに、年2回レビュー雑誌「カチンコ」を発行し、内外に映画の魅力を発信しています。

    また、多様な学群生と院生が所属しており、様々なイベントや交流を通じ友情を深めています。

    月初めのミーティングを基に毎週火曜・金曜に各教室でスクリーンや機具を用いて快適な環境の中映画鑑賞を行います。

    年中いつでも部員を募集しております。興味を持った方はお気軽にご連絡、あるいは参加してみてください。
    連絡先はこちら

    検索フォーム

    アクセスランキング

    [ジャンルランキング]
    映画
    238位
    アクセスランキングを見る>>

    [サブジャンルランキング]
    その他
    37位
    アクセスランキングを見る>>

    PageNavigation